全員がファーストペンギン。泌尿器科で、自分らしいキャリアを切り拓く

藤田医科大学 腎泌尿器外科 臨床教授の佐々木ひと美先生は、小児泌尿器科、腎移植、海外留学、大学での診療・教育、学会活動など、幅広い経験を重ねてきた泌尿器科医です。日本泌尿器科学会では、初の女性理事として広報・IT分野を担っています。

「大海の一滴」と呼ばれるほど女性泌尿器科医が少なかった時代から、若い女性医師が独自のキャリアモデルを作り始めている現在へ。佐々木先生の歩みを通じて、泌尿器科にある多様な専門性、フラットな文化、そして自分らしく働き続けるためのヒントを伺いました。

佐々木 ひと美(ささき・ひとみ)
1993年、藤田保健衛生大学医学部医学科卒業。藤田保健衛生大学病院、東京都立清瀬小児病院、Washington University Research Fellowなどを経て、現在は藤田医科大学 腎泌尿器外科 臨床教授。藤田医科大学国際医療センター センター長、医療連携福祉相談部部長を兼任。日本泌尿器科学会理事、広報委員会委員長・IT委員会委員長も務める。専門は小児泌尿器科、腎移植など。

「パイオニアになれる」の言葉に導かれた、泌尿器科医としての第一歩

先生が泌尿器科を志されたきっかけについて教えてください。

佐々木:当時は現在のような初期・後期研修プログラムがなく、大学6年生の段階で直接入局する医局を選ぶ時代でした。私は内科、外科、精神科など複数の選択肢を考えながら、何か新しい領域に挑戦できる道に進みたいと思っていました。内科に進むなら腎臓内科、外科なら腎臓の外科的領域を担う泌尿器科が面白そうだと、二つの選択肢の間で迷っていたのです。

最終的な決定打となったのは、当時の講師であり私の師匠となる先生からの言葉でした。「(当時)日本において小児泌尿器科と腎移植の両方を専門とする女性医師はいない。君がその道を歩めばパイオニアになれる」と言われたのです。この熱烈な勧誘には、大いに心が動かされましたし、「パイオニア」という響きに惹かれるものもありましたが、まだこの時点では心は決まりきっていませんでした。

当時は女性医師が極めて少ない時代だったと思います。入局に際して、周囲の反応はいかがでしたか。

佐々木:母に相談したところ、実家が医師の家系ではなかったこともあり「女性の少ない泌尿器科ではお嫁に行けなくなるのでは」と猛反対を受けました。すると教授と講師が、私と母を交えた四者面談を開いてくれました。

先生方が「必ず立派な医師、パイオニアに育てます」と真摯に説得してくれたのを覚えています。母も最後には「先生にこの子を預けます」と納得してくれました。私自身、そこまで医局が熱意を持って歓迎し、受け入れる土壌を整えてくれたことに深く心を動かされ、この世界で生きていく気持ちが固まりました。

実際にキャリアをスタートされてから、初期の段階で特に印象に残っている経験はありますか。

佐々木:仕事を始めて1か月目くらいに、足の裏の皮が全部ペロンとめくれてしまったんです。それまで病院の中をこれほど歩き回った経験がなかったので、本当に驚きました。先輩に「水虫でしょうか」と相談したら「それだけ歩き回って仕事をしたということだよ」と笑われました。

当時は朝7時半には病棟に入り、前日の全患者のデータを暗記してカンファレンスに臨み、夜は夜で上司や先輩に毎日のように焼肉や中華に連れていってもらうような、とにかく慌ただしくも活気のある日々でした。大変でしたが、初めての女性入局者ということで、医局の皆さんが戸惑いながらも温かく受け入れ、大切に育ててくれた記憶が残っています。

留学、臨床復帰、学び直し。助けを求めながら広がったキャリア

その後、20代後半でアメリカのワシントン大学へ留学されていますが、言葉や環境の異なる地での研究生活はいかがでしたか。

佐々木:3年間のリサーチフェローとしての留学は、私にとって大きな試練でした。それまで触ったこともない実験器具を使い、まったく新しい学問をすべて英語で進めなければならず、苦労の連続でした。最初の数か月は周囲のアメリカンジョークも聞き取れず、12月のある研究会で発表した際、質問の意味が分からず呆然としていると、「お前は俺の言葉が理解できているのか」と厳しい指摘を受け、本当に悔しい思いをしました。

しかし、毎朝ラジオを聴き続けるなど必死に環境に食らいついていると、ある朝突然、英語が自然と頭に流れ込んでくる瞬間が訪れたのです。それからは土日も休まず朝から晩まで研究室にこもり、試行錯誤を繰り返しました。その結果、豚から人への異種移植において拒絶反応から細胞を守る遺伝子(HLA-G)の研究で大きな成果を上げることができたのです。

アメリカ移植外科学会(ASTS)で若手研究者を対象にした「Young Investigator Award」を受賞し、抄録番号のトップ(001番)を獲得したときは、他のラボにいた日本人医師たちも自分のことのように駆けつけて喜んでくれました。

AUA(フロリダ)に参加
成果を携えて帰国された後、国内の臨床現場に戻る際のご苦労はありましたか。

佐々木:31歳で帰国したのですが、直近の3年間は臨床から完全に離れていたため、最初は取り残されたような感覚がありました。ましてや留学前は小児をメインに診ていたので、大人の泌尿器科臨床はほぼ未経験に近い状態です。すぐに外来を任されたのですが不安が拭えず、後輩に前立腺肥大症の薬の対応表などを作ってもらい、それを必死に確認しながら外来をこなしていました。

その後、30代中盤で病棟チーフを務めた際も、2学年下の後輩の先生に本当におんぶに抱っこで助けてもらいながら、一歩一歩、大人の臨床感覚を取り戻していきました。

これまでのキャリアの中で、女性であることに起因する困難や葛藤を感じられた場面はありましたでしょうか。

佐々木:チーフ時代にはさまざまな手術を執刀させてもらい、次は前立腺がんなどの悪性腫瘍の手術に挑もうとした段階で「ひとみは悪性腫瘍にいかなくてもいいよね」という雰囲気がありました。女性であるがゆえに、スペシャリティを絞る方向へ導かれた部分もあったのかもしれません。男性医師であればすべての領域を網羅するのが当たり前だった時代ですから、今振り返れば、その時点で選択肢が狭まってしまったことは少しもったいなかったなと感じることもあります。

ただ、私は置かれた状況を自分の中でポジティブに噛み砕くタイプです。レールを敷いていただいたおかげで小児泌尿器科と腎移植のスペシャリストになれたと感謝しています。
それに、当時できなかったことに今から挑戦しようとしているんです。理事などの役職が増え、手術の第一線を後輩に譲った今、私は学会のセミナーなどで「悪性腫瘍を今から勉強します!」と公言し、実際に学び始めています。何歳からでも新しい挑戦ができることも、この科の素晴らしい魅力だと思います。

ロールモデルを探す時代から、自分らしいキャリアを作る時代へ

近年の働き方改革や技術の進歩によって、泌尿器科の就労環境はどのように変化していると感じますか。
佐々木:現在の就労環境は大きく進化しています。特に泌尿器科は現在、ワークライフバランスを考えやすい科として若手から注目されています。かつては朝から晩までかかっていた膀胱全摘や前立腺全摘の手術が、現在はロボット手術の普及により、前立腺であれば2時間強、膀胱でも5時間ほどで終わるケースもあります。また、他科に比べて夜間の緊急対応を要する疾患が比較的少ないことも、オンとオフのメリハリをつけやすい大きな特徴です。
就労環境の向上によってオフの時間も確保しやすくなったかと思います。先生ご自身はどのようにリフレッシュされていますか。

佐々木:実は私、「家づくり」が大好きなんです。自宅の照明を少し落としたダウンライトにして、自分にとって心地よい空間を作ることがライフワークです。趣味は「文庫本のオリジナルカバー掛け」。お菓子のかわいい包装紙や、使い終わったカレンダーのきれいな写真を大切に取っておき、自分で文庫本サイズに折ってカバーにしています。きれいな背表紙が並ぶ本棚を見るのが何よりも楽しい時間なんですよ。

自分好みの空間で、夫と愛猫と一緒に過ごす時間が大切なリフレッシュタイムです。私はよく後輩に「働く時間を最高の気分転換にしよう」と伝えています。家事や育児、人生のさまざまなフェーズで忙しいからこそ、病院にいる時間を一人の医師としての充実した時間に昇華させる。人生すべてをひっくるめて、仕事も私生活も「楽しいものを見つけたもん勝ち」だと思っています。

AUA(フロリダ)に参加
次世代を担う若手泌尿器科医や、これから進路を決める医学生に向けてアドバイスやメッセージをお願いいたします。

佐々木:良い医師になれるかは、自分の中にある引き出しの多さで決まります。患者さんが「喉が痛い」と訴えたとき、風邪の引き出ししか持っていなければ風邪薬しか出せませんが、がんや特殊な感染症の引き出しを持っていれば、必要な検査につなげることができます。だからこそ、若いうちの勉強や経験はすべて将来の患者さんに直結していると考え、大切に積み上げていってほしいです。

女性の泌尿器科医はこれからさらに増えていく段階だと思います。いわば全員が「ファーストペンギン」です。決められたロールモデルがないからこそ、自分が望むキャリアや生き方を自由に構築できる可能性があるんですよ。

泌尿器科医には、外交的で明るく、チーム力のある人が多いという傾向が、海外の論文でも示されています。お互いの専門領域をリスペクトし合い、年次や学閥に関係なく、LINEや電話で「この症例で困っているから助けてほしい」と、フラットに相談し合える素晴らしい文化があります。誰かの挑戦を邪魔せず、壁にぶつかったときには多くの温かい手が差し伸べられる土壌がここにはあります。ぜひ、この魅力にあふれた泌尿器科の世界へ飛び込んできてほしいですね。